”あの空気感”に、少しだけ疲れる日

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春先って、空気が少し変わります。

外は明るくなって、
街も人も、なんとなく動き出す。

なのに、体の中はまだ冬のまま。

同じように話しているはずなのに、
なぜか今日は、会話がうまく転がらない。

言葉そのものは変わらないのに、
空気の手触りだけが少し違う。

そんな日、ありますよね。


外側が春に切り替わっても、
内側はゆっくりしか変わりません。

体のエネルギーも、
心のエネルギーも、
一気に春仕様にはならない。

そのズレがあるまま人が関わると、
空気が少しだけギクシャクする。

誰かが強くなったわけでも、
誰かが弱くなったわけでもなく、
ただ足並みが揃っていないだけ。

春は、そういう混ざり方をする季節なのかもしれません。


人は出来事そのものよりも、そこに与える意味に影響を受ける
ーーーヴィクトール・E・フランクル

このギクシャクを、
”何かがおかしい”と見るのか、
”季節の揺れ”と見るのか。

意味づけが変わると、
空気の重さも少し変わることがある。

そういう視点も、あるのだと思います。


春は前向きな季節と言われます。

でも、切り替わりの途中には、
少しだけ噛み合わない日も混ざる。

空気が硬い日もある。
なんとなく疲れる日もある。

外が春でも、内側はまだ冬。

——まぁ、そんなもんか。


訪問看護ステーション アイビー燕 管理者 高田

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