“きつく言ってしまった”その奥にある安心感

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訪問の中で、「つい、身近な人にきつく言ってしまった」と打ち明けられることがあります。

一番近くにいる人だからこそ、言葉が強くなってしまったり、感情をそのままぶつけてしまったりする。

そういう経験は、きっと誰にでもあるんじゃないでしょうか。

実際、私も仕事の中で何度も耳にしますし、日常生活の中でも同じような場面を見かけます。

そしてそれは、不思議なことでも特別悪いことでもなく、ある意味ではとても“自然なこと”なんです。


一番近しい人には、普段の自分を隠さずに見せられます。

少し弱っている時や、気持ちが揺れている時でも、遠慮せずにそのままの感情を出してしまえる。

これは、裏を返せば「それだけ安心している相手」という証拠でもあります。

でも、人はそうやって安心できる関係の中でこそ、強い感情を出しやすくなります。

そして、出してしまったあとに「なんであんなこと言ったんだろう」「あんな態度を取らなければよかった」と後悔が押し寄せてく

る。

その繰り返しに、胸が重くなる人も少なくありません。


アドラーはこんなことを言っています。

「人間関係の悩みは、すべて承認欲求と関係している」

大切な人にこそ、自分をわかってほしい。

その気持ちが強くなると、つい言葉や態度にも熱が入り、感情が先に出てしまうことがあります。

それは、「相手に届いてほしい」という思いが、ちょっと勢いを持ちすぎただけなのかもしれません。


だからこそ、自分を責める前に、ひとつ立ち止まって考えてみてほしいんです。

「それだけ安心できる関係があった」という事実も、そこにはちゃんと含まれているということを。

ぶつかったあとにどう整えていくか。

少し時間を置いて、言葉を選び直して、また会話を重ねる。

そうやって関係をつないでいければ、人間らしい揺れを抱えたままでも大丈夫です。

近しい人にほど感情をぶつけてしまうのは、人として自然な反応です。

それも含めて「まぁそんなもんか」と受け止めながら、今日も歩いていけたらと思います。

訪問看護ステーションアイビー燕

管理者 高田

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