
新しい場所に入ったばかりの頃って、まだ何か大きなことが起きたわけでもないのに、妙に気を使ってしまうことがあります。
私は高校に入ったばかりの頃、まわりを見て「なんでそんなにすぐ話せるんだろう」と思っていました。
いろんな中学から人が集まってきて、誰がどんな人かもまだ分からないのに、自然に話し始める人がいる。
私は話しかけるのにも少し戸惑っていたし、早く馴染まなきゃいけないのかな、と妙に気を張っていたのを覚えています。

たぶん、新しいことが始まる時って、みんな少しは頭の中で”こんな感じかな”を作っているんだと思います。
楽しみだな、とか。
うまくやれるかな、とか。
変な人いないかな、とか。
別にそこまで期待していないつもりでも、始まる前から少し心は動いている。
だから実際に始まってみて、思っていたより空気が速かったり、周りだけ先に馴染んで見えたりすると、
”なんか思ってたのと違うな”と戸惑うことがあります。
でも、それって案外、珍しいことではないのかもしれません。

「自分の経験によって決定されるのではなく、経験に与える意味によって、自らを決定するのである」
ーーーアルフレット・アドラー
春の始まりは、周りが先に進んでいるように見えて、自分だけ少し遅れているように感じることがあります。
けれど、その戸惑いをそのまま
「自分はだめだ」と受け取るのか、
「まだ慣れていないだけかもしれない」と受け取るのかで、
気持ちの重さは少し変わるのかもしれません。
すぐに言葉が出る人もいれば、少し見てから入っていく人もいる。
始まりの時期なんて、もともとそんなにきれいに揃わないものなのだと思います。

春の最初に少し戸惑うのは、うまくやれていない証拠とは限りません。
周りはちゃんとして見えるのに、自分だけまだ落ち着かない。
思っていたのと少し違う。
まだ始まったばかりなのに、少しだけ疲れる。
そんなふうに感じる日があっても、それは失敗というより、新しい流れの中で自分なりの位置を確かめている途中なのかもしれません。
始まりって、案外そういうものなのかもしれませんね。
訪問看護ステーション アイビー燕 管理者 高田
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