私の中にあった、小さな違和感

私は、人は幸せになるために頑張る生き物だと思っています。
少しでも良くなりたいし、
できるなら前を向いていたい。
だから、
「希望を持とう」
「前向きにいこう」
という言葉そのものを、
否定したいわけではありません。
ただ、あるときから、
その言葉が少しだけ重たく感じる瞬間があることに、
自分でも気づくようになりました。
励ましのはずなのに、
なぜか気持ちが追いつかない。
前を向けない自分が、
どこか置いていかれたような感覚になる。
その違和感は、
強い痛みではないけれど、
確かにそこにある感覚でした。
感情は、出てくるものだという前提

私は、感情は
「コントロールする前に、まず出てくるもの」
だと思っています。
嬉しいときもあれば、
不安になる日もある。
焦ることもあれば、
何もしたくない日もある。
どれも、人として自然な反応です。
一方で、
感情に振り回され続けてしまうと、
生活が苦しくなることもある。
だから私は、
感情にはある程度の整理や調整が
必要だとも感じています。
ただ、その前提として大事なのは、
「感情があること自体を否定しないこと」
なのではないか、という感覚です。
希望や前向きさが強く求められる場面では、
今感じている不安や疲れが、
置き去りにされてしまうことがあります。
言葉は便利ですが、
同時にとても不完全です。
「希望」「成長」「前向き」
同じ言葉でも、
人によって、
その中に入っている意味はまったく違う。
その不完全さを忘れたまま、
言葉だけが先に進むと、
自分の感覚との間に、
小さなズレが生まれる。
それが積み重なると、
希望は少しずつ、
重たいものに変わっていく気がします。
希望が重たくなる理由

私の中では、
希望が重たくなる理由は、
希望そのものではなく、
順番にあると感じています。
今の自分の状態を感じる前に、
未来の話だけを先に置いてしまう。
感情の整理が追いつかないまま、
「次は」「もっと」と考えてしまう。
そうすると、
希望は支えではなく、
自分を急かす存在になってしまう。
「人は、ありのままの自分を受け入れたとき、はじめて変わることができる」
ーカール・ロジャーズ(心理学者)
私はこの言葉を、
「希望を持つ前に、今の自分に触れることが必要」
という意味として受け取っています。
「頑張ることと、頑張らないことを分ける」
という感覚も、
ここにつながっているように思います。
線引きがないまま希望を持つと、
”希望は未来を見る灯り”
ではなく、
”今の自分を照らしすぎる光”
になってしまう。
それが、
私が希望に違和感を覚えるときの正体です。
答えを急がないという感覚

私は、
人生って「正解」を探すものというより、
そのときに起きたことと、
自分がどう感じたかという状態が、
連続して続いていくものなんじゃないかな、
と感じています。
希望を持てる日もあれば、
重たく感じる日もある。
前を向ける日もあれば、
立ち止まる日もある。
そのどれか一つが正しくて、
どれかが間違い、という話ではなくて、
その揺れそのものが、
人生なのかもしれません。
だから、
今すぐ答えを出さなくてもいい。
希望を持てない自分を、
無理に前へ進めなくてもいい。
今日は、
「希望が少し重たく感じるな」
と気づけただけで、
十分なのだと思います。
その感覚もまた、
次の選択につながっていく。
ーーまぁ、そんなもんか。
訪問看護ステーション アイビー燕
管理者 高田
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