
なんとなく体が重かったり、
予定が少し面倒に感じたりすることがあります。
気温も変わりやすかったりする。
気圧も上がったり下がったりする。
いつもならそこまで気にならないことが、少し大きく見える日もあります。
行く予定がある。
やることもある。
でも、なんとなく気が乗らない。
そんな時に、
”今日はもうやめようかな”
と思うことがあっても、不思議ではないのだと思います。

ただ、毎回 ”やるか、やめるか” だけで決めようとすると、
少し苦しくなることがあります。
全部いつも通りにやるのはしんどい。
でも、全部やめてしまうと、あとで戻るのが少し大変になることもある。
人は、調子がいい日ばかりではありません。
だるい日もあるし、
気分が乗らない日もあるし、
なんとなく面倒に感じる日もあります。
だからこそ、だるい日はだるい日なりに、
少し形を小さくする考え方があってもいいのかもしれません。
“いつも通り全部やる” のではなく、“少しだけやる”
“長くやる” のではなく、“短くする”
“完璧にやる” のではなく、“流れだけ残しておく”
それも、続けるための “一つの形” なのだと思います。

習慣は、社会という大きな車輪を回す力である
ーーーウィリアム・ジェームズ(意訳)
習慣や流れがあるから、
私たちは毎回すべてを気分で決めなくても動けているのだと思います。
朝起きる。
準備をする。
出かける。
人と会う。
やることを少し進める。
そういう流れがあるから、毎回 “頑張るぞ” と強く思わなくても、
なんとか動けている部分があります。
だからこそ、
調子が悪い日に “全部を止めてしまう” のではなく、
“少しだけ形を変えて残しておく”
短くする。
軽くする。
確認だけにする。
少しだけ関わる。
そういう小さな続け方も、
案外その人の “リズムを支えてくれる” ことがあります。

“続ける” って、
“毎回同じ強さで頑張ることではない” のかもしれません。
だるい日には、だるい日の動き方がある。
全部やるか、全部やめるかではなく、今日は小さく続ける。
そのくらいの “ちょうど良い置き方” ができると、
少し楽になることもあるのだと思います。
調子がいい日にできることと、
だるい日にできることは同じではありません。
でも、だるい日の自分に合わせた形で、
流れを少しだけ残しておくことはできます。
今回は “短くてもいい”
今回は “軽くてもいい”
今回は ”形を変えてもいい”
切らずに残せたなら、“それだけで十分な日” もあるのかもしれません。
まあ、そんなもんか。
訪問看護ステーションアイビー燕 管理者 高田
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