“嫌だ”と“やめる”の、あいだ。

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朝になって、
「今日は行きたくないな。」
そんなふうに思う日があります。

学校だったり、仕事だったり。

昨日ちょっと嫌なことがあったとか、
失敗したことがまだ頭に残っているとか。

特定の人に会うことを考えると、
少し気が重くなることもあります。

嫌なことがあったあとなら、
もう行きたくないと思うことも、
それほど不思議なことではありません。

「・・・今日はちょっと嫌だな・・・。」

そんな日もありますよね。


ただ、「嫌だ」と思ったときには、
そのもの全部が嫌になったように感じることがあります。

学校が嫌。

仕事が嫌。

あの人が嫌。

でも、少しだけ眺めてみると、
全部が同じとは限らないこともあります。

昨日あったことが
嫌だったのかもしれない。

その人との距離が、
少し近すぎたのかもしれない。

仕事そのものではなく、
一つのことがずっと引っかかっているのかもしれない。

“嫌だ”“やめる”“あいだ” には、
思っているより、
いろいろな場所があるのかもしれません。


「嫌だという気持ちは、そのままでいい。その気持ちと、今日どうするかは、少し別に考えてみる。」

―――森田正馬氏の「あるがまま」「目的本位」の考えより(意訳)

嫌じゃなくなってから行く。

不安がなくなってから話す。

苦手じゃなくなってから関わる。

そうできれば楽ですが、
気持ちはなかなかこちらの予定どおりには動いてくれません。

嫌だと思いながら、
少しだけ関わる日もある。

今日は少し距離を置く日もある。

そんな “あいだ” を行ったり来たりすることも、
あるのでしょうね。


今日は、あの人にはあまり会いたくない。

今日は、仕事のことを考えるだけでも少し面倒くさい。

今日は、学校に行きたくない。

そう思っている自分まで、嫌いになる必要はないのだと思います。

嫌なものは、嫌。

でも、その先を今日全部決めなくてもいい。

少し離れる日もあれば、少しだけ関わる日もある。

まだどうするか分からないままの日もある。

“嫌だ”“やめる”“あいだ” で、
うろうろしている日があってもいいのでしょう。

今日は、そんな日。

まあ、そんなもんか。


訪問看護ステーション アイビー燕 管理者 髙田

森田正馬氏とは

日本の精神科医で、森田療法を創始した人物です。不安や感情を無理に消そうとするのではなく、そのままにしながら、生活の中で必要なことへ目を向けていく考え方で知られています。

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