“ゆっくり始める”くらいが、案外ちょうどいい

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連休明けって、少し不思議な時期です。

だいぶ休めた気がする。
いつもより寝られた。
家でゆっくりできた。
出かけたり、好きなことをしたりして、少し気分も変わった。

そうすると、なんとなく
「よし、また頑張ろう」
と思いやすくなることがあります。

休めたから、また動こうと思える。
少し気持ちが前を向く。
そういう感じが出てくるのは、自然なことなのだと思います。




ただ、休み明けの心と体は、
まだ少しお休みモードのままかもしれません。

車も、止まっていたところから急に強く踏み込むと、
少し負担がかかります。

それと同じように、
休み明けにいきなり全部を元通りにしようとすると、
あとから少し重くなることがあります。

行ける気がする。
動ける気がする。
頑張れそうな気がする。

でも、その「頑張れそう」を、
全部使い切らなくてもいいのかもしれません。

まずは、いつもの流れに少しずつ戻っていく。

“ゆっくり始める”くらいの戻り方が、
案外ちょうどいいこともあります。


現実感をもつということは、ただ存在すること以上のものである。自分自身として存在する道を見つけ、くつろぎのために退くことのできる自己をもつことである
ーーードナルド・ウッズ・ウィニコット(意訳)

休むことって、ただ止まることだけではなくて、
少し自分に戻ることでもあるのかもしれません。

連休で少し休めたとしても、
すぐに外の流れへ全力で戻る必要はないのだと思います。

まずは、自分のペースを思い出す。

朝起きて、行く場所に行って、
いつもの流れに少し触れてみる。

そのくらいの“ゆっくり始める”で、
十分な日もあります。



休み明けは、いきなり全力で走り出さなくても
いいのかもしれません。

頑張りたい気持ちは、
そのままでいい。

ただ、最初から全部を
戻そうとしなくてもいい。

しばらくはウォーミングアップくらいのつもりで、
少しずつ体と心を戻していく。

行けただけで十分。
動き出せただけで十分。
いつもの流れに少し戻れただけでも十分。

長く走るためには、
最初の一歩を“ゆっくり始める”ことも、
必要なのかもしれません。

まあ、そんなもんか。


訪問看護ステーションアイビー燕 管理者 高田

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