同じものを見ている、つもり

未分類

同じ映画を見たのに、
面白かった場面が違う。

同じ料理を食べたのに、
「おいしい」と言う人もいれば、
「ちょっと苦手」と言う人もいる。

同じ話を聞いていたのに、
あとから話してみると、
覚えているところが違ったりする。

「同じものを見ていたはずなのにな・・・。」
そんなことってありますよね。


「ちゃんとやろうね」と話していても、
その“ちゃんと”が少し違う。

「無理しないで」と言っても、
どこからを無理だと感じるのかは少し違う。

「楽しかったね」と同じ言葉を使っていても、
何が楽しかったのかまで全部同じとは限りません。

目指している方向も、
話していることも、
かなり近い。

ほとんど “同じ” ように見える。

それでも、細かいところまで重ねてみると、
少しずつ違っていたりします。


「私は、私と私の環境である。」

―――オルテガ・イ・ガセット『ドン・キホーテをめぐる思索』より

私たちは、何もないところで、
物事を受け取っているわけではありません。

これまで経験してきたこと。

得意だったこと、
苦手だったこと。

大事にしてきたこと。

その人なりに過ごしてきた時間。

そういうものも一緒に、
その言葉や出来事を受け取っています。

だから、同じ言葉を聞いても、
そこに重なるものまで
まったく同じになることは、
案外ないのかもしれません。


同じものを見ていた。

同じ言葉を使っていた。

同じ方向を向いているつもりだった。

それでも、話してみると少し違った。

どちらかが間違っているというより、
それぞれが、
それぞれのところから受け取っていた。

人って、みんな“同じ”ようで、
少しずつ違うのかもしれません。

まあ、そんなもんか。


訪問看護ステーション アイビー燕 管理者 髙田

オルテガ・イ・ガセットとは・・・

20世紀スペインの哲学者です。人は自分自身だけで成り立つのではなく、その人を取り巻く環境や経験との関わりの中で生きている、という視点を示しました。

関連記事

この記事へのコメントはありません。