“近すぎるもの”から、少し離れる

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6月は、雨や曇りの日が増えて、湿気もあって、気圧も変わりやすい時期です。

体が少し重かったり、頭がぼんやりしたり、いつもより疲れが抜けにくく感じる日もあります。

そういう時は、考えごとや気になることが、いつもより近くにあるように感じることがあります。

返さなきゃいけない連絡。
やらなきゃいけない予定。
相手の何気ない一言。
まだ決まっていないこと。

それぞれは日常の中にあるものなのに、少し疲れている時には、妙に大きく見えることがあります。

問題そのものが急に大きくなったというより、自分とその問題との “距離感” が、少し近くなっているのかもしれません。


“距離感” が近すぎると、見え方が少し変わることがあります。

同じことを何度も考える。
相手の反応を何度も思い返す。
一つの予定が、頭の中で大きくなっていく。
今すぐ答えを出さないといけないような気がしてくる。

考えること自体が悪いわけではありません。
気になることがあるから考えるし、大切なことだから何度も思い返すこともあります。

ただ、近すぎるまま見続けていると、全体が少し見えにくくなることがあります。

本当は、そこまで急がなくてもいいこと。
今すぐ決めなくてもいいこと。
自分だけで全部抱えなくてもいいこと。

少し離れて見た時に、ようやく見えてくるものもあるのだと思います。


人は、出来事そのものではなく、その出来事に与えた意味によって動いている
ーーーアルフレッド・アドラー(意訳)

たとえば、連絡が返ってこないこと。
予定がまだ決まっていないこと。
相手の反応が少しそっけなかったこと。

それ自体も気になるものですが、そこに自分なりの意味がくっつくと、さらに近く、大きく感じることがあります。

嫌われたのかもしれない。
早く何とかしなきゃいけない。
自分がちゃんとできていないのかもしれない。

そんなふうに見え始めると、出来事そのものだけでなく、自分がそこに重ねた意味まで一緒に抱えることになります。

だから、少し離れることは、投げ出すことではないのだと思います。

出来事と、自分の意味づけとの “距離感” を、少し置き直すことでもあります。

深呼吸する。
一服する。
少し歩く。
一度スマホを置く。
別の作業をする。

そういう小さな動きが、問題を消すわけではなくても、“距離感” を少し戻してくれることがあります。


気になることは、気になるまま残ることがあります。

不安も、予定も、相手の反応も、すぐに消えるわけではありません。

でも、近すぎるまま見続けるより、少し離れてから見た方が、扱いやすくなることがあります。

答えを急ぐ前に、少し呼吸を入れる。
考え続ける前に、一度手を止める。
同じところを見続けていると思ったら、少しだけ場所や動きを変えてみる。

それだけで何かが解決するわけではないかもしれません。

それでも、“距離感” が近くなりすぎている時には、少し離れることで見え方が変わることがあります。

無理に答えを出さなくてもいい。
まずは、少し離れて見直してみる。

そのくらいでいい日もあるのかもしれません。

まあ、そんなもんか。


訪問看護ステーション アイビー燕 髙田

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