“頑張ってきた疲れ”が出るころ

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この時期は、少し不思議な重さが出てくることがあります。

祝日がなくて、
少し先のご褒美のような区切りも見えにくい。

雨や曇りの日が増えて、
湿気もあって、気圧も変わりやすい。

それだけで全部が決まるわけではないけれど、
体や気持ちが重くなるには、
十分な時期なのかもしれません。

お風呂に入ること。
ご飯を食べること。
朝起きること。

普段なら何となくできていたことが、
急に重く感じる日があります。

「・・・なんでこんなに動けないんだろう」

そんなふうに思う時、
そこには “頑張ってきた疲れ”
少し混ざっているのかもしれません。


4月になると、
学校でも、会社でも、家庭でも、
少なからず変化が起こります。

新しい場所。
新しい人間関係。
新しい予定。
新しい役割。

大きな変化ではなかったとしても、
人はその変化に合わせようとします。

周りの空気を見る。
予定を合わせる。
人の反応を気にする。
いつもより少し多く考える。

その時は、
意外と動けてしまうことがあります。

けれど、変化に合わせるというのは、
思っている以上に力を使うものです。

この時期は、
梅雨や気圧の変化に加えて、
4月から適応しようとしてきた分の疲れが、
少し表に出やすいころなのだと思います。


習慣は、社会という大きな車輪を回す力である
ーーーウィリアム・ジェームズ(意訳)

人は、毎日すべてを気合いで
動かしているわけではありません。

食べること。
眠ること。
水を飲むこと。
朝、少し体を起こすこと。

そういう小さな流れがあるから、
その上に、仕事や学校や人との関わりが乗っていきます。

だから、調子が落ちている時に、
いきなり全部をいつも通りに戻そうとすると、
少し苦しくなることがあります。

食べられたか。
眠れたか。
水を飲めたか。
少し体を起こせたか。

そこから見てもいいのかもしれません。


できていないところを見ることも、
もちろん大事です。

でも、できていないところだけを数えていると、
自分が何を頑張れているのかを
見落としてしまうことがあります。

今日は少し眠れた。
水は飲めた。
何か少し口に入れた。
予定はできなかったけれど、少し体を起こした。

それも、“頑張ってきた疲れ”
が出ている時期には、
ちゃんと数えていいことなのだと思います。

辛いことがある時期に、
辛いと感じること自体を悪者にしなくてもいい。

できていないこと
できていること

その両方を見ながら、
今の自分がどこまで動けているのかを確かめる。

まずは、そのくらいからでもいいのかもしれません。

ーーーまあ、そんなもんか。


訪問看護ステーション アイビー燕 管理者 髙田

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