
今日は、いろいろできた。
行きたかったところにも行けたし、やりたかったことも進んだ。
欲しかったものも買えたし、予定していたこともだいたい終わった。
そんな日は、
「今日は楽しかったな。」
「今日は充実していたな。」
「今日は頑張ったな。」
と感じることがあります。
時間もたくさん使って、身体もたくさん動かして、一日をいっぱいまで使ったような感じ。
そういう日の方が、「今日はちゃんと過ごしたな」という感じがすることもありますよね。

考えてみると、一日の中で使っているものはいろいろあります。
予定を入れれば、時間を使います。
出かけたり遊んだりすれば、身体も使います。
欲しいものを買えば、お金を使います。
何かを頑張ったり、考えたり、人と関わったりすれば、気持ちの力も使います。
どれも、そのときには必要だったり、楽しかったりするものです。
ただ、時間も、お金も、身体も、気持ちも、いつでも同じだけ使えるわけではありません。
一日をいっぱいにしたあとで、急に別の予定が入った。
思っていたより疲れていた。
少し予定が変わっただけなのに、考えるのが面倒になった。
そんなこともあります。
今日をいっぱいにすることと、この先も進んでいくことは、案外同じではないのかもしれません。

「昔の善く戰ふ者は、先づ勝つべからざるを爲して、以て敵の勝つべきを待つ。」
―――孫子『孫子』軍形篇
まず、自分が負けない状態をつくっておいて、そのうえで勝てる機会を待つ。
勝つことばかりを考えるのではなく、その前に「崩れない状態」をつくっておく、という考え方です。
人生をそのまま勝ち負けで考える必要はないと思います。
ただ、少し似ているところはあるのでしょうね。
先へ進みたいと思うほど、
もう少しできそうだから、もう少し。
まだ動けそうだから、もう一つ。
と、今持っているものをたくさん使いたくなることがあります。
でも、時間も、お金も、身体も、気持ちも全部使ってしまえば、予定が少し変わっただけで、次の手がなくなることもあります。
まだ少し動ける。
少し考え直せる。
予定が変わっても、もう一度選べる。
そういう「次に動けるものが残っている状態」が、“余力”なのかもしれません。

今日は楽しかった。
今日はよく動いた。
今日は頑張った。
それでも、まだ少し残っている。
少し時間が残っている。
少しお金が残っている。
身体にも、気持ちにも、次に使えそうなものが少し残っている。
全部使い切らなかったからといって、その一日が足りなかったわけでもありません。
今日を楽しむことも大事。
先へ進むことも大事。
でも、人生は今日だけで終わるものでもありません。
次に動けるくらいの“余力”が残っている方が、案外長く進めるのかもしれません。
「今日は、まだ少し残ってるな。」
そのくらいで終わる日もある。
まあ、そんなもんか。
訪問看護ステーション アイビー燕 管理者 髙田
孫子とは
古代中国の兵法家として知られる人物です。
『孫子』では、目の前の勝ちだけを追うのではなく、まず自分が崩れにくい状態をつくり、そのうえで状況を見ながら機会を待つ考え方が説かれています。
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