休んでいても、“できていない”が気になる。

未分類

朝は体調が悪くて、仕事を休んだ。
昼過ぎに少し楽になると、
「これなら、行けたんじゃないかな」
と思い始める。

子どもが昼寝をしたので、自分も少し横になる。
起きてから夕食の準備に追われると、
「さっき寝ないで、作っておけばよかった」
という気持ちになる。

勉強の休憩中に、好きな動画を見る。
でも、見終わったあとで、
「この時間があれば、もう何問か解けたな」
と考えてしまう。

休む理由はあったはずなのに、
休んだあとで、少し後ろめたくなる。

そんなことってありますよね。


疲れていることは、自分でも分かっている。

集中できず、同じところを何度も読み返した。
いつもの用事にも、思ったより時間がかかった。
だから、一度休もうと思った。

けれど、手を止めると、
まだ済ませていないことが浮かんでくる。

「いつもなら、このくらいできるのに・・・。」
「あと少し、頑張れたんじゃないかな・・・。」

いくつか終えたことがあっても、
“できていない”ことの方が気になる。

少し楽になれば、
休むほどではなかった気がする。

時間が空けば、
何かに使わないともったいない気がする。

でも、その前に、
もう少しやっておきたくなるのです。


「私たちの身体や心の働きは、自然の現象であり、思い通りに左右できるものではない。」

―――森田正馬『神経質の本態と療法』より(意訳)

「いつもならできる」と思っていても、
今日も同じように動けるとは限らないのかもしれません。

一方で、疲れたからといって、
やっておきたい気持ちまで、なくなるわけでもない。

いつものところまで済ませたい。
予定した分を終わらせたい。

その気持ちが残っていると、
休んでいる時間にも、
「まだそこまでできていない」
が浮かんでくる。

体は少し休みたくなっている。
けれど、心の中の「もう少し」が、
なかなか区切りをつけてくれない。

休んでいるのに落ち着かないときには、
そんな二つの気持ちが、
重なっていることもあるのかもしれません。


昼過ぎに、少し楽になった。
すると、朝はつらかったことより、
「今なら動けそう」が気になった。

本を閉じて一息ついても、
残りの問題が、ふと頭に浮かんだ。

少しだけでも休みたかった。
でも、いつものところまでは、やっておきたかった。

休んでいても“できていない”が気になるのは、
手を止めたあとも、頑張りたかった気持ちが、
まだ残っていただけなのかもしれません。

まあ、そんなもんか。


訪問看護ステーション アイビー燕 管理者 髙田

森田正馬氏とは・・・

日本の精神科医で、森田療法を創始した人物です。
自然に生じる感情や、思い通りにならない心身と人の葛藤に目を向けました。

関連記事

この記事へのコメントはありません。